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クライアントの声

異例な速度で回復し、社会復帰を果たしました。

35歳 男性 某市職員

 

「私の経験談」

小学校時代:5、6年にかけて「いじめ」にあう。

中学校時代:水泳に没頭し成果をあげるも、再三不良グループから集団暴行にあう。

高校時代:人間嫌いに陥る。人と会話することはまれ。出席日数ぎりぎりで卒業。

1年浪人:その年のセンター試験当日に阪神大震災にあう。自宅全壊。

その後、小・中と習っていた少林寺拳法の恩師の家業「工務店」でアルバイトをし、そのまま入社。

2年半で恩師が病死。その後、人間関係のもつれから退社。

平成9年4月に某市職員として就職。

 

(鬱を発症した経緯と進行状況)

父、兄、伯母、従兄弟と、周りはすべて公務員という中で育った。

しかもその全員が出世コースのエリートばかり。プレッシャーを感じていた。

上司の勧めで、通信教育により大学を卒業。その年の仕事ぶりは順調で、上司からも買われていた。

しかし、満を持しての昇格試験の結果は不合格。

途方に暮れ、この先の人生について妻に相談するつもりだったが、妻は無関心だった。このころから人格が崩壊した。

何も感じなくなり、笑うこともなくなり、なぜか子供の顔を見ると涙が止まらなかった。

毎晩流しこむようにお酒を飲み、手当たり次第に物を壊した。

 

2007年、最初に近所の心療内科に相談したところ「うつ病」と診断された。

追い討ちをかけるように、某テレビ局により職場を盗撮され、6時の報道番組の特集として「税金の無駄遣い・職員労働の実態」と称し、事実無根の編集により祭り上げられた。

自分の顔にモザイクが入った放送を家で見ていた。人一倍まじめに勤めていた自分が、何も知らない人たちのネタ作りのために「サボり職員」として放映された。自力で精一杯抗議文を出したが、市当局はもちろん、担当課も何のフォローも精神的ケアもしてくれなかった。鬱は進行する一方だった。休暇を余儀なくされた。

 

1度目のリストカット。この時2件目の心療内科に移った。

薬は診療のたびに増え、1回の診察で1万円以上の医療費がかかった。

この時、医師からとある精神科病棟に入院を勧められた。

その精神科では、「単なるコンプレックスだ。」と門前払いを受けた。

知り合いの勧めで3件目の心療内科に移った。

2度目のリストカット。事もあろうか、その医師は「自殺モードに入った患者は救えません」「鬱は治りません」と断言した。

未来が見えなかった。その当時から記憶障害に陥った。

どれだけ時間がたったのか、どれだけ浴びるようにお酒を飲んだのか、記憶のないまま、2008年4月某日、首をつった。

(いや、記憶ははっきりしていたのかもしれない。心地よかった。おそらく鼻歌でも歌っていたような気がする。クラシックだった。)

運良く(不幸にも?)ロープが切れ、底に倒れているところを発見され、気づけばICUのベットの上だった。

左半身は麻痺し、喉の内部はズタズタに引き裂かれ、喉頭がいが癒着したまま治療した。水も飲めず、食事もとれない日々が続いた。

体の麻痺が取れ始めたころ、リハビリ専門の病院へ移った。

そこで耳鼻科手術を2回受け、なんとか食事できるようになった。

退院後も鬱は治らなかった。市内でも有名な心療内科に相談にしたが、顔も見ず門前払いを受けた。

 

ようやく他の心療内科に落ち着いたが、症状は小康状態。そろそろ薬物治療に限界を感じていた。

 

そうこうするうちに、元上司の知り合いから、「催眠療法」なるものがあることを聞かされた。藁をもつかむ気持ちでその門をたたいた。

 

先生はとても優しく、多くの時間話を聞いてくださった。

そして、ご自分も、「心が病んだ」経験を言って聞かせてくださった。

だからこそ信頼できた。

 

私たちの願いは、ただ元の体、元の家庭に戻りたいだけなのです。

笑顔で暮らしたいだけなのです。

そこから抜け出すには「催眠療法」は有効な手立てなのです。

 

私はおかげさまで、異例な速度で回復し、社会復帰を果たしました。

 

一人で悩まずにまず相談してください。必ず「見えなかった明日」が見えてくるはずですから・・・

マイナス思考や取り越し苦労、自信のなさが減ってきた

40代 女性 芦屋市

 

私が催眠心療センターで施術して頂くきっかけとなったのは、身内の人間関係に悩んでいたからでした。初回カウンセリングでは、19歳の大学時代に発症したうつ病が治りきっておらず、引きずったままになっているというものでした。うつ病当時は病院を転々とし、入院までしましたが、お薬では対症療法にしかならず度々再発にも悩まされていました。

 

私の場合は幸い深く催眠にかかるタイプだったので、潜在意識をかえていく暗示の効果が出るのも早く、初めて受けた日は、溜め込んでいた悲しみがあふれ出るかのように涙が止まりませんでしたが、帰る時には気分が軽くなり、家では久しぶりに笑顔で会話をしたのを覚えています。

 

その後も施術回数を重ねるごとに、以前とは明らかに違ってきている自分に気づくことが多くなりました。これまで挫折と失望を繰り返してきた人生だったので、当たり前のようになっていたマイナス思考や取り越し苦労、自信のなさが減ってきたのは、信じられないくらいの大きな変化でした。

 

定期的に催眠を受け続けて3カ月たった頃、心の傷がある程度回復してきた所で退行催眠をお願いし、うつ病にかかることになった根本的な原因へと戻して頂きました。

 

すると、小学5年生の時に、クラスメイトからのいじめで悩んでいた場面が浮かんできたのでした。つまり11歳の時に潜在意識に入りこんでしまった人間関係のトラウマが、8年後にはうつ病を引き起こし、その後の人生にもずっと悪影響を及ぼしていたのです。

 

私は愕然としてしまいました。長年生きづらく感じていたのはそういう訳だったのかと思い知らされました。

 

もっと早く気がついて、催眠心療センターで施術を受けていれば、どんなに良かったかと悔みながらも、心の病で苦しんでおられる方々が、一人でも多く救われる事を願って体験談を書かせて頂きました。

 

現在も施術を続ける中で、変化してくる心の状態や、状況の好転が不思議であり、また、一歩ずつ確実に改善してきているのを感じるので、とてもうれしく思います。

 

宮井先生には、いつも真心のこもった施術をしていただき、日々感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

澱のように溜まっていた不快感が霧散解消しておりました。

63歳 男性 大阪

 

催眠療法によるうつ症状の治癒について

大阪 63歳男性

1 発病

2002年2月、早期退職制度に基づき30年間勤務した会社を退職しました。

老後の生活に不自由しない退職金等の給付に加え貯金もあり、悠々自適の生活を送るつもりでした。

暇な時間を有効に活用しようと資格試験の勉強を開始し、しばらく図書館通いを続けていたところ、3月中旬頃、急に将来に対する経済的な不安感が沸々と湧きあがり、退職したことを後悔しだしました。

かれこれ、1週間ほど経過した頃胃痛が始まり、食欲が減じ、不眠に陥り体重が減少しだし、勉強に集中できなくなりました。

4月中旬頃になると、頻繁にのぼせたように頭部から発汗し、精神的にいらいらし、焦燥感が募りました。ますます食欲がなくなり、体重も10㎏ほど減少し、勉強どころではなくなりました。

医者に睡眠薬を処方してもらって服用しておりましたが、徐々に効かなくなり眠れなくなりました。

そのうち、就寝中の発汗がひどくなり、一晩に2~3回パジャマを着替えるようになり、両腕の震顫が起こるようになり、精神的にどんどん落ち込み、典型的な自律神経失調症の症状が現れ、将来に対する不安感と退職したのは失敗だったとの後悔の思いに日夜苛まれました。

うつ病かもしれないと思い、精神科あるいは心療内科の病院に診察に行こうと思いましたが、抵抗感がありぐずぐずと引き伸ばしておりました。

妻が、私の状態を見かねて催眠療法を受けてはどうかと言い、電話帳で神戸灘催眠心療センターを見つけ、私に一緒に行こうと進めてくれました。

当時は外出するにも恐怖心があり、人に会うのも大変苦痛で、大阪からわざわざ遠方の神戸まで行くのには、強い抵抗感がありました。

大阪でも催眠療法を施術して貰える所があるからそこへ行こうといいましたが、妻は神戸灘催眠心療センターしかないと言い張りますので連休明けに訪問しました。

 

 

2 神戸灘催眠心療センター

宮井先生に今の状態をお話し、それから催眠療法の原理と具体的な施術方法をについて1時間ほど説明を受けました。

私も半信半疑ながら、この苦しみから何とか抜け出したいし、妻の強い勧めもあって催眠療法を受けることにしました。

 

 

3 経過

 かくして、5月中旬より電話による遠隔催眠療法を受けることとなり朝9時から15~20分程度の催眠療法を隔日に施術してもらいました。

当初は、催眠のかかり方が浅くて、施術中もなかなか意識を集中できず、術後は安静にするように指示されましたが、精神的にいらいらして、家の中をうろうろ歩きまわっていました。

当時の私の精神状態は、外出が怖くてできず、他人に会うのが苦痛で、下腹から何かが突き上げてきて胸部につかえ息苦しく、食欲がまったくありませんでした。

人に会うのが極度に怖くなり、妻を相手にして日夜種々の繰言や不安な精神の状況を繰り返し愚痴っておりました。夜も不眠、発汗が続き、胸部がつかえ、安静ができず煩悶(もだえ苦しむこと)し、1日に2回も催眠療法を受けたこともありました。

心の奥深くに封じ込められていた昔の辛い出来事を思い出すまでに、非常な苦痛を味わいました。ようやく思い出し妻に告げると一挙に心身が楽になるという不思議な経験を頻繁に重ねました。

3週間程経過して、発汗が止まり、不眠症状も改善し、食欲も回復し、気分転換に家の近辺を妻と一緒に散歩できるようになりました。

久しぶりに、昼食をしようと繁華街へ出かけ、人込みに入ると急に不安に襲われ立ち往生したこともありました。

6月下旬頃、いつもの様に朝催眠が終わって、1時間ほど熟睡した後、今までになく心身共にすっきりと爽やかな気分になり、澱のように溜まっていた不快感が霧散解消しておりました。

爾来、治療を受ける毎に心身の緊張が解け、しばらく眠くて眠くてほぼ1日中うつらうつらする日が続き、身体に活力がみなぎってきました。

やがて、散歩も不安なく出来る様になり、人と会っても普通に会話できるようになり、食欲も回復し体重も増加しました。

催眠施術の間隔も、3日毎になり、4日毎になり秋には1週間に1回にまで空くようになりました。

12月頃には、すっかり改善し、今まで苦労をかけ私を支えてくれた妻に対する感謝と自信をつける為ニュージーランドへ9日間の旅行をしました。

無事旅行を終えて帰国することができ、非常に自信がつきました。

翌年から月2回の催眠をうけ、半年後には月1回となり、1年後には、すっかり本復し催眠療法を終えました。

 

 

4 催眠療法終了後

その後、ストレスが溜まって精神的に辛い時は、スポットで催眠を受けておりましたが、2009年の夏頃、対人関係のもつれから再度心身の変調をきたし、集中的に催眠療法を受け、幸い短期間で回復することができました。

爾後、宮井先生の勧めもあり、毎月1回の催眠療法を受け、現在健康な日々を送っております。

宮井先生と妻には、感謝の言葉もありません。                         

以上

          

肉体の疲労と凝りはカイロプラクティック療法で、精神の疲労は催眠療法で癒す!!

 

今まであんなに悩んでいたあがり症はなくなりました。

30代 あがり症 広島県在住

 

私は、ひどいあがり症でした。

 

仕事において人前で話す時はもちろんのこと、友達にさえ注目されたら緊張してしまう始末で、声は裏返り頭が真っ白になってなにを話しているのかも分からなくなっていました。

 

仕事などで人前で話さなければならないことがある時は、その日の数日前からその事ばかりが気になり、夜も眠れない状態でした。

 

あがり症になったきっかけは自分でも覚えています。

 

私は小学校の時授業中に本読みをあてられ、元々本読みが上手でなかった上、漢字を間違えた時にクラス中の皆や先生に笑われて、とても恥ずかしく嫌な思いをし、それ以来人前で話すことが嫌になりました。

 

そして、良い改善策はないかとインターネットでいろいろ調べていると、電話で催眠療法ができるという「神戸灘催眠心療センター」のホームページにたどり着き、さっそくメールをし、予約を取りました。

 

私の家は広島県です。

 

最初は「電話なんかで催眠術をかけたり、その上改善できるものなのか?」と不安はありましたが、私自身もう藁にもすがる思いでした。

 

初めて話した宮井先生の印象は、とても明るく声が大きく話のしやすい人ということでした。いろいろ先生にこれまでのことなどを話した後、いよいよ催眠療法が始まりました。

 

催眠療法を受けている時とても気持ちがリラックスしました。

 

催眠中、私の催眠の深さを調べましたが、あまり深いほうではないらしく4段階ある内の2番目と3番目の間くらいということでした。

 

何回か催眠を受けていくうちに、だんだんと私の中で「もう人前で普通に話すことがじゃないか?」という自信みたいなものが湧いてきました。その事を先生に話すと「まだ無理はしない方がいいですけど、一度話してみてもいいですよ」ということだったので、思い切って人前で話をしてみました。

 

そうすると、ちょっと緊張はしましたけれど、まったく声が裏返ることもなく話すことができました。それ以来、今まであんなに悩んでいたあがり症はなくなりました。

 

本当にありがとうございました。これからも何かあれば連絡いたします。

今から思うとなぜあんなものにはまっていたのだろうって感じです。

パチンコ依存 女性 主婦 大阪府在住

宮井先生に出会っていなければ今の私はないと思います。

私はパチンコ依存症でした。何をしている時でもパチンコのことが気になり、気がつけばパチンコ屋に来ているという状態で、しかも、趣味の範囲でおさまることもなく生活費やサラ金にお金を借りてまで打っていました。

 

負けた日は、「もう2度と行かない」と痛切に思うのですが翌日になるとまたパチンコ屋に行き、また負けて自己嫌悪に陥るという毎日で、何度も何度もそういうことを繰り返す自分は意志の弱い人間だと思っていましたが、ある日ネットでパチンコ依存症という病気があることを知り、そして同時に催眠療法というものがあるということも知りました。

そして、催眠療法を受けることになりました。

 

催眠療法を受けて思ったことは、催眠中の宮井先生の暗示の言葉が頭に残り自分のパチンコをやめたいという決意を何倍にも後押ししてくれている感じでした。

それまでならやめたいと思いながらも、スーッとパチンコ屋に入っていたのに、パチンコ屋の前を通った時に「打ちたい」という気持ちが出てきても、少しためらいがでて考えさせられました。パチンコ屋に入ってしまった時も「だめだ」と思いすぐに出てきたりすることができるようになり、せっかくお金を払って催眠を受けて治そうとしているのにこんなに簡単にパチンコを打ってしまっては今までの我慢がもったいないという気持ちと、また打ってしまったら元に戻ってしまうのではないかという恐怖がありました。

そんな葛藤を繰り返しながらもその数は減っていき3カ月たった時にはパチンコ屋の前を通っても何とも思わなくなりました。

 

今から思うとなぜあんなものにはまっていたのだろうって感じです。

もしあのままパチンコを続けていたら今とても悲惨なことになっていると思います。

本当にありがとうございました。

よくしゃべりよく笑うようになったこと。

電話催眠療法 20代 男性 名古屋市在住 会社員

僕は19歳くらいから宮井先生に出会うまでの5年間くらいうつでした。高校を卒業して東京で就職したのですが、今思えばその時にうつになったのだと思います。

初めての東京、仕事での失敗、同僚や先輩との付き合いなどいろいろとストレスありました。そして、一年もたたないうちに会社を辞めて地元に帰りました。

 

地元に帰ってからも働いていない事の親からのプレッシャーや世間の目が気になり、ますます状態は悪くなりもう死ぬ一歩手前でした。

 

のちに、先生に言われたことなのですが、「健康な人は苦しさをわかってくれず、会社に行けない事は甘えや怠け者と思われます。なので、今自分はこんなに苦しいんだと泣いてでも訴えなければわかってくれません。」

まさにその通りだと思います。僕も親にそう思われていました。

 

催眠受けていく中で、だんだんと自分が変わっていくのがわかりました。

変わったことといえば、

① マイナスなことを考えなくなったこと。

② それまでは全くやる気が出なかったのに、出てきたこと。

③ 体の倦怠感がなくなったこと。

④ よくしゃべりよく笑うようになったこと。

⑤ 親や兄弟に対して感謝の気持ちがでてきたこと。

 

催眠を終えてもう1年以上経ちますが、今では再就職もでき元気に過ごしています。

今の自分があるのは本当に催眠に宮井先生のおかげだと感謝の気持ちでいっぱいです。

全く吸いたくなりません

30代男性 禁煙 東京都在住

 

先日宮井先生の方から連絡をいただきまして、近況を書くことになりました。

 

今では煙草を吸っている人が隣にいても全く吸いたくなりませんし、逆に煙たいくらいで、よくもまぁあんなものを一日三箱も吸っていたものだと思います。

 

今まで何回も禁煙しては、三日も持たず失敗の繰り返しだったのが、初めて一年間禁煙できているこの機会に一生吸わないでおこうと思いますし、その自信もあります。

 

本当にありがとうございました。

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